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2006年10月

2006年10月13日 (金)

昔のこと

木々が紅葉し、空が高くなり風も冷たくなるこの季節、なぜか感傷的になってしまい、そしてたまにノスタルジックな気分になり、昔を懐かしむ、懐古してしまうときがある。そんなとき、よく思い出されるのが小学校のころ友達と良くやったヒーローごっこだ。


あるとき、仮面ライダー、ゴレンジャーの戦隊物などの大概のヒーローごっこに飽きた頃、あるセンセーショナルなヒーロー物が深夜の時間帯に新番組として始まった。新番組の題目は脱肛マン。


主人公はいつもは捨てられた雑誌やまだ使える物を道端で売るリサイクル業者、要はルンペンの気弱な青年だが、それは世を忍ぶ仮の姿であり、怪人、悪者が登場すると一変、生まれ持った正義感と、生まれ持った持病の脱肛が出てくることにより脱肛マンへと変身するのだ。脱肛マンへ変身することにより、激しい運動と食生活が制限されてしまう。外見上の変化は脱肛をアピールするためにただズボンとパンツをずりさげただけと言う傍目から見るとただの変態としか思えないヒーローであった。また実際変態的な趣味も持ち合わせていた。自分の直腸を皆に見せることにより性的快感を得ていたのである。ちなみに変身することによるメリットは基本的に皆無のため、ただ性的快感を得るために変身しているのではないか、との憶測が学校中で流れた。


もちろん弱点は飛び出た肛門であり、怪人もそこを攻撃するのだが、弱点を攻撃された脱肛マンはあまりの激痛に一撃で沈んでしまう。脱肛し、性器とケツ、さらに直腸の辺りを丸出しにして死亡したヒーローを見た怪人はなんか後ろめたい気持ちになり、弱いものいじめはやめよう、悪いことはやめようみたいな気持ちになり改心させると言う、なんとも後ろ向きな成敗方法を取るヒーローであった。


だが、それまでの「悪には問答無用で死を」といったヒーローとは一線を画して、自分の身を犠牲にして悪を改心させると言うある種日本的な考え方が受けて、脱肛マンは根暗なクラスメイトが多数在籍していた私のクラスで大ブレイクした。昼休みになるたびにクラスの半数以上で脱肛マンごっこに明け暮れたのである。


この嘘のような設定、惨めなヒーローが、テレビで放映されるはずがない、そもそも単純明快、爽快なヒーローを求む小学生に、いくら根暗なクラスとは言えブレイクするはずもない。誰もがそう思うだろう。だがこの話は紛れも無く模造である。その証拠に脱肛マンの設定はついさっき私がうんこしながら考えた話だし、第一小学生のころ私とヒーローごっこをするものはおろか声をかけるものすら誰一人いなかったのである。

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2006年10月12日 (木)

勃起だけはしょうがない

まぁ、私は今こうして鉄道警察に引っ張られて尋問されているし、更に無実も証明したいし良い機会だから前々からの持論を、声を大にして言いたい。勃起だけはしょうがない、と。


女性諸君はわかっていない。勃起とは確かに性的興奮をもよおした時に起きる現象だが、たまに性的興奮とは全く関係ないときに勝手におっきしてしまうこともあるんだ。しゃっくりとかと同じレベルで、ある時突発的に起こってしまう時があるんだ。


だから、まぁあなたは電車内での先ほどの私の行為が痴漢だと主張しているんだが、そのあなたの大腿辺りに私の突起物が当たったからと言って金輪際故意ではない。たまたまその突発的勃起が起こったときに、たまたま目の前にあなたがいた。それだけなんだ。だから私が痴漢したと言うのはあなたの勘違いが引き起こした冤罪だと言うことだよ自意識過剰のクソブスが。あぁ、失敬。こういうことを言うと心証が悪くなるね。


私はあのときあなたのことを微塵も性的には見ていない。ただの目の前に立っている乗客としか思っていなかったのだ。性的な目的ではないのに、突発的に起こった勃起によりブツがあなたに当たったからって痴漢になるはずがない。更に再三で悪いが、勃起だけはしょうがない、これだけは声を大にして言いたい。色々喋って気分も乗ってきたしちんこも大にして言いたい。先ほどの時みたく、目の前のあなたの紫のブラに窮屈に収められた豊満な胸とその谷間を凝視しつつ、ちんこを大にして言いたい。ちょっと話が脇道にそれたが今長々と述べた理論通り間違いなく冤罪である。

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